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【信濃雑感】 竹島の日(2016.2.22)、竹島×韓国といえば竹島上陸・天皇陛下侮辱発言、この他に日本乗っ取り完了宣言もしていた!

2016年6月7日火曜日

余命、大東亜戦争・特攻関連記事抜粋、2016年6月


靖国神社

靖国神社ホームページ > 靖国神社について > 今月の社頭掲示

東京千代田区・靖国神社は約500本の桜が境内を彩るお花見の名所。さくらまつりへ出掛けよう!
asoview!NEWS 様、2016/03/15記事

(引用以上)



靖国神社境内、パール判事顕彰碑、碑文

時が熱狂と偏見とをやわらげた暁には
また理性が虚偽からその仮面を剥ぎとった暁には
その時こそ正義の女神はその秤を平衡に保ちながら
過去の賞罰の多くにそのところを変えることを要求するであろう

靖国神社ホームページ > 境内のご案内 > パール判事顕彰碑
(引用以上)



参考記事

余命ブログ、2016年5月24日記事「786 巷間アラカルト75」より抜粋して引用
(読者さん投稿)
 〇〇さん(信濃により伏せ字)。特攻隊についてのコメントに感動しました。ありがとうございます。正にそれが真実ですね。私も先日、YoutubeにBabymetalの「紅月」と特攻隊の映像を合わせた動画をアップしました。もしよろしければ、どうぞご覧ください。
「BABYMETAL – ”Akatsuki” ~Kamikaze Attackers~」
(引用以上)

信濃注:
BABYMETAL - ”Akatsuki” ~Kamikaze Attackers~
https://www.youtube.com/watch?v=zTs2MkZ5kro&feature=youtu.be
Forest of Yasukuni靖国の森 様、2016/05/22 に公開
(以上)



余命ブログ、2016年5月23日記事「781 巷間アラカルト74」より抜粋して引用
(読者さん投稿)
(中略)
 昭和20年5月、海軍中尉西田高光( 元・国民学校教師、21歳 )は、特攻出撃直前に記者の山岡荘八に言った。
 「学鷲は一応インテリです。そう簡単に勝てるなどとは思っていません。しかし負けたとしても、そのあとはどうなるのです ・・・ お分かりでしょう。 我々の命は、講和の条件にも、その後の日本人の運命にもつながっていますよ。 ・・・ そう民族の誇りに。」
(引用以上)



【良作紹介】 美しい日本の国歌 君が代特集 (天皇誕生日記念)
…オーケストラによる演奏、美しい日本の景色とともに
…雅楽による演奏、長野五輪開会式(1998)
…戦前の「君が代」斉唱、紀元二千六百年式典(1940)
【信濃雑感】 君が代の解釈(和歌を詠む視点から) 2016.4.9

【良作紹介】 桜ソング特集
…さくらさくら、童謡
…さくら(独唱)、森山直太郎
…SAKURA、いきものがかり
…同期の桜

余命、大東亜戦争・特攻関連記事抜粋、2016年5月
余命、凛として愛(映画)関連記事抜粋、2016年4月
余命、国旗・国歌関連記事抜粋、2016年4月
余命、靖国神社関連記事抜粋、2016年4月



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抜粋記事一覧

余命ブログ、2016年6月15日記事「857 寄付金メッセージ5」より抜粋して引用
余命ブログ、2016年6月11日記事「842 巷間アラカルト98」より抜粋して引用
余命ブログ、2016年6月10日記事「840 寄付金メッセージ④」より抜粋して引用
余命ブログ、2016年6月5日記事「813 巷間アラカルト89」より抜粋して引用
余命ブログ、2016年6月4日記事「812 巷間アラカルト88」より抜粋して引用
余命ブログ、2016年6月4日記事「810 巷間アラカルト87」より抜粋して引用
余命ブログ、2016年6月4日記事「808 寄付金メッセージ②」より抜粋して引用
余命ブログ、2016年6月4日記事「807 巷間アラカルト85」より抜粋して引用
余命ブログ、2016年6月3日記事「806 巷間アラカルト84」より抜粋して引用
余命ブログ、2016年6月2日記事「797 巷間アラカルト797」より抜粋して引用



以下、抜粋記事

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余命ブログ、2016年6月15日記事「857 寄付金メッセージ5」より抜粋して引用

川越武博
 初代よりROM。 初めて具体的な行動ができて嬉しい。
 私の祖父川越忠光は海兵33期。昭和3年大佐で予備役となり、郷里宮崎県に帰り、南那珂郡吾田村村長をしていたが、昭和16年8月充員召集に応じ、昭和18年11月13日、戦時徴用船那智山丸の指揮官としてバタビアに向け航行中、朝鮮半島沖で米潜水艦の魚雷攻撃により沈没・戦死した(死後少将)。墓は日南市星倉にある。
 日本を取り戻すことは私の使命でもある。余命の活動に全面的に賛同する。



(中略)


余命爺様、スタッフの皆様
 いつもご尽力頂きどうも有難うございます。感謝しております。
 父は志願兵で呉港から駆逐艦で出ましたが、瀬戸内海で攻撃に合い負傷し海で木に掴まって何十時間も彷徨った後気が付いたら病院のベッドの上だったそうです。呉の病院で広島原爆の後、終戦を迎えております。戦争の体験話はほとんど聞くことはなかったのですが、一緒に風呂に入っているとき負傷した古傷のことを話しておりました。
 少しでも皆様のお役に立てれば幸いです。また、寄付させて頂きます。皆様におかれましては、ご身辺、お身体を大切になさって下さい。私達は日々粛々とやるべきことを行ってまいります。



(中略)

石○○○殿
 初めてコメントいたします。余命様 スタッフの皆様 日本を日本人の手に取り戻す為の情報の発信をありがとうございます。
 遅くなりましたが、本日少額ながら寄付をいたしましたのでそのご報告です。靖国神社へは英霊の方々に感謝の気持ちをお伝えに、娘と何度か参拝しております。遊就館では胸が締め付けられる想いと涙が止まらなくなります。お祀りされている方々の想いに応えられるような日本になる為に、これからもよろしくお願い致します。



(中略)

ジゲのモン
余命爺様、皆様
 毎日お疲れ様です。
※所在地は現住所と違いますが私のルーツでありますので、これでお願いしたく思います。

 私は余命2代目さまから3代目さまに変わる頃に偶然このブログを知り、以降毎日更新を楽しみにしています。土地柄、幼少の頃の自虐史観の教育を受けてきたものにとって、ブログの内容は衝撃的でまさに目からウロコでした。
 満州に出生した祖父(生還しましたが、私が生まれる前に病死)、原爆を間近で体験した祖母や両親、激動の時代を必死に生き抜いて誇りある日本国を次世代に繋げる生き様を私も継承し子供たちに引き継ぐべく、非力ながら特ア排除に向けて官邸メール&拡散に勤しみます。
 余命爺様、お体ご自愛くださりませ。



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余命ブログ、2016年6月11日記事「842 巷間アラカルト98」より抜粋して引用

信州味噌
 余命様、余命プロジェクトの皆様こんばんは。連日の投稿お疲れ様でございます。
 寄付金のコメントを読ませていただいて、胸が詰まって涙が溢れてきます。大戦を闘った英霊の皆様の想い、また遺されたご遺族の方々、大陸から命からがら逃げてきた人々のことを目が醒めるまで深く知ろうとしてきませんでした。今も、正直押し潰されそうで怖いです。でも、知ろうとすること、話題にすることでご供養になるならば実行あるのみだと思っています。
 余命本アラカルトで、長野県佐久市にお住いの方が投稿しているのを見て嬉しくなりました。故郷なんです。佐久市を含む東信は羽田孜氏の地盤です。そんな土地柄で本屋が偏っているのも無理ないでしょう。ですが、市立図書館が余命本を所蔵したということでまだ希望があるのだと嬉しくなりました。
 鹿沼市市立図書館の余命本についてですが、ネット検索でしばしば確認しているのですが、ずっと貸し出し中です。まさか、貸し出し中にして利用者さんの目につかないようにしているってことはないですよね。考え過ぎとは思いますが(笑)
 最後に、梅雨入りしましたが、暑かったり寒かったり安定しませんね。風邪など召されぬようご自愛くださいませ。
(信州味噌)



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余命ブログ、2016年6月10日記事「840 寄付金メッセージ④」より抜粋して引用

藤○○殿
 樺太にて航空機整備士士官後、シベリア抑留となった祖父の孫です。微力ながらご協力致します。特攻隊の思いを踏みにじる行為は決して容認できません。家族を守るべく、ハードランニングに備えた体力強化、防衛装備を整えております。余命活動を全面的に支援致します。



(中略)

大和桜花
 当方、靖国神社に叔父が祀られています。ビルマで戦死しました。親族が祀られている事もあり、靖国神社、安倍首相を訴えている左翼と戦っている団体、通称、「英霊を被告にして委員会」に、補助参加させて頂いています。そちらにも、定期的に寄付させて頂いてるのですが、お話しを聞くと厳しい状況が続いてるようです。わたくしは補助参加させて頂いてるだけで、団体の代表の方々などは存じ上げてはいないのですが
 「すみれの会」「余命さま」の事などを、メールにてお知らせさせて頂きました。支援してもらえるかどうかは、分かりませんが、すみれの会(余命様チーム?)とタッグを組んで敵と戦えるかも!?と、妄想気味で、少しワクワクしておりますww
 これからも余命様の活動全てを応援しております。余命様、チームの皆さまが、我々日本の唯一の希望です。くれぐれもご無理なされないようご自愛くださいませ。失礼いたします。



(中略)

浅き夢見氏
 母の家族名を英霊となった自慢の二人の兄の元に奉納できれば何よりの供養かと思いました。私が在京のおり請われて一緒に参詣した事は有りますが、母の胸の内を察してやれたかどうか、無念が残ります。



.....みなさんご一緒に併記させていただいた。



(中略)

岩○○○
 戦艦大和と運命を共にした叔父の名誉、また英霊の御霊の為に自分が出来る範囲で頑張りたいと思います。



(中略)

夏炉冬扇
余命爺さま 余命プロジェクトチームの皆さま
 いつも更新ありがとうございます。日々、勉強させていただいております。
 本日は「すみれの会」さまへの寄付をいたしましたので、お知らせに参りました。
 上記二人は、それぞれ長兄と父を中国で亡くしました。名誉の戦死ですが、それを口に出すことはありません。聞いても「知らない」と・・・無理もないです。父を亡くしたほうは、当時まだ母親のお腹にいましたし、兄を亡くしたほうも当時小学生でした。
 ですが、ご覧のとおり、私の生まれ月が生まれ月ですので・・・途絶えた父祖の話を、我が子たちに伝えようと一念発起した次第です。そして、子供たちが一人立ちする頃には「美しい日本」をバトンタッチしてやりたいと思っております。
 微力ながら「旗に集った一人」として行動していきます所存ですので、どうか爺さまには盛大に号令をおかけください。本気でもカムフラージュでも、お望みの通りに踊ってごらんにいれますので(笑)拙ブログは先達の皆さまの「弾避け」ですから。
 まずは「余命音頭」でウォーミングアップしておきます。
夏炉冬扇



(中略)

加藤○○殿
 4年前に亡くなった父は、満州で終戦を迎えました。生前、[朝鮮人]を特に嫌っていました。何も語りませんでしたが、きっとあれらの蛮行を身をもって経験したのです(涙)!あれらが牛耳ったら、日本は日本でなくなり隣の国がもう1つ出来るだけ。日本人の国だから素晴らしいのです‼︎
 なりすましに用心しながら、自分に出来る事をやります!代々の余命様方、関係者の皆々様、日本の為に本当に、本当にありがとうございます‼︎



.....併記させていただいた。



脇○○○殿
 お手数をお掛けしますが、戦時中朝鮮半島にいた、今は亡き帝国陸軍曹長だった大叔父の名前も並記をお願いします。生還したため、靖国に祀られることはありませんが、名前だけでも戦友と共にいさせてあげたいと思います。よろしくお願いします。



.....併記させていただいた。



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余命ブログ、2016年6月5日記事「813 巷間アラカルト89」より抜粋して引用

医拳士改め医戦士
 明日はXデーとの事。
 今まで弱い自分に打ち克つ方法を考えて来ました。自分が考えた結論は「有言実行・背水の陣」ともいう方法です。そうありたい自分を敢えて公表し、自分で自分を逃げない様にするという方法です。

 武道をしていた時に沢山の事を教わりました。
 戦いについての心構えも教わりました。怖くて震える事は恥ずかしい事ではない。敵に背を向けず前を向いて倒れる事も、力が及ばなかっただけだから恥ずかしい事ではない。
 全滅率こそ日本軍最強の根拠とのことですが、それはやはり能力より覚悟なのでしょう。

 こうも教わりました。
 武道では戦うには理由と目的があって、しかも自分が審判である。もし戦う理由が「おらが村を守る。」事だとして、自分は命を落としても敵が村に侵入するのを防いだとする。その時は死ぬ前に自分では目的を達して満足なはずだ。
 敗戦が分かっていてもいつか立ち上がる祖国の為に特攻に飛び立った青年たちも同じ気持ちだったのでしょうか。

 教えは心の中に大切にして来ました。このコメントも決してアジテーションのつもりではまく、そうありたいと思う自分自身への言葉です。
医拳士改め医戦士



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余命ブログ、2016年6月4日記事「812 巷間アラカルト88」より抜粋して引用

四季の移ろい
 余命さん、スタッフのみなさん、こんにちは。
 突然の私事の話で大変恐縮ですが…何卒聞いて頂きたく久しぶりに投稿致します。
 自分は昔から日本の事が好きでした。何で?と考えたことはなかったのですが、最近ちょっと考えてみました。
 私達姉妹は小さい頃から田舎の、戦地を経験した大おじ達に、日本はとても立派な国なんだよと、よく話を聞かされていました。正直、話の内容は朧げな部分もあり恥ずかしいのですが、おじ達の雰囲気や立ち振る舞いや匂いは、今でもよく憶えております。
 一本筋の通ったような、ぴしっとした空気だけど柔らかい、厳かでこっちの背筋がぱきっと伸びる、なのに優しくゆったり、所作に無駄や迷いがなくてはっきりキビキビした感じ、どこか懐かしくて安心感ある、何と言うか…醸し出す空気匂い全てが大好きでした。(上手く表現出来ん) そして今の人達とは全く違う雰囲気を持っていました。(そりゃそうでしょと突っ込まれそうですが) それがとても凄く格好良かったのです。
 私の母方の祖父も軍人でしたが、おじ達とは違い無口な人だった為、戦時中の話を聞く事はありませんでした、でも上に書いた様な雰囲気を一番強く持っていた人で、そして限りなく心優しく、本当に格好良い人でした。
 それから仏様みたいに穏やかでおっとりと心優しくとても美しかった祖母。祖母も私達孫に苦労話は一切しない人でしたが、戦時中は祖父に付いて従軍先へ一緒に赴き、恐らく相当の苦労をしながら祖父をずっと支えていた、と母から色々な話を聞きました。そして戦後の大変苦しい中での祖父母達の、様々な話も母から尽きず、胸を締め付けられます。
 それから大おば達女性も会うたびに必ず、「あなた達のおじいちゃんは大変な人格者でとっても立派な人だったのよ。それにおじさん達。みーんな私達の為に頑張ってくれてたんだから。よく憶えておきなさい。」こういった事を(方言混じりに)誇らしげによく沢山話してくれたもんです。
 それらを思い出した時、今までの色々な思い出があれやこれや繋がって行き、結局自分の日本大好きって気持ちは、沢山のおじさんおばさんやおじいちゃんおばあちゃん、そしてお父さんお母さんのおかげであり、その血が自分達にも流れているという誇りがあるからなんだと、よく判りました。(そのお陰か判りませんがうちは家族全員すごい仲良しです。) それにうちの田舎の地元の人達やご近所さんも、色んな人がいたけど、皆んな優しくて面白くて本当に大好きだった。
 祖父の色々な勲章をネットで調べ従軍した内容を知り、また常装や礼装?正装?で身に付けていた品々を手に取ると様々な感情が湧き、当時の祖父母や、おじ達にも思いを馳せ、果てし無く胸が熱くなります。そして止め処もなく涙が流れます。ひたすら感謝しかありません、のです。
 こんな話は全国あちこちで沢山聞けることでしょう。そしてこういうカッコよかったおじいちゃん達の話や思いを、自分達の代で途切れさせる事の無い様、写真や品々と共に甥姪子供達に伝えて行きたいと思います。
 風光明媚で豊かな国土風土や、独創的な味わいで煌びやかな文化風習など、日本の妙なる要素は限りないです。ですが、それを維持し作り守り継ぐのは人間、また壊してしまうのも人間です。この国は今でも、その長い歴史を今後も築き紡ぐに価する人間達が住む国だと信じています。
(なんて自分如きが言うなど烏滸がましいにも程があるのは自覚しておりますけど)

 「慰安婦の件で一番怒っている被害者は帝国陸軍の直系の陸自だと忘れている」
 このようなコメを、News-USさんに最近書かれた方がおられました。
 本当に仰る通りです。うちは大和に乗ってたおじ一人以外は戦死したおじ達含め、全員陸軍でした、だからまるで祖父達が汚されてるみたいですごい悔しかった…でももう陸だけではないでしょう、日本軍そのものを汚し、更に日本全てを異常な行為で散々汚しているんですから、あちらは。
 それに、戦時中の日本国内や戦地の方達を日本から支えていた当時の方々や、自分ち含め国や家族の為に命をかけてくれた祖父やおじさん達を持つ、全国に沢山おられる(おられた)身内や子孫の方々、また海外に住み、何の謂れもない迫害を受け相当な辛い思いをなさっている日本人の方々、それにこの国をずっと繋いできてくれた全ての日本人、ご先祖の皆様、全て同等の被害者ですわ。まあ日本人全員ですね。
(ついでに愚痴です…神道を悪で敵とみなし否定する宗教擬き達が何で日本に存在するんだろう?何ぞそんなトコにばかり莫大なお金が集まり、一方で貧乏な神社が増えてる訳?本当腹立つ)
 最後に一つ、祖父にどうしても聞いておきたかった事があります。
 祖父は生命保険を大層嫌っておりました。親も深く考えず何故かも特に聞かなかったので、理由は判りません。ただ思うに…人の生死や生命を金額に換算したり、金銭でやりとりする事に耐えられなかった、という至極ストレートな理由だったのかなぁ、と。他に思い付きませんのです。
 普段余命さんに投稿なさっている方々皆さんの気迫、最近は特に凄まじいものを感じます。正に今の日本の姿の様です。こういう方々がいる素晴らしい日本、日本人で本当に良かった。
(最近他所で工作員にされヘコんでコメ投稿辞めた自分、悲しい位にへっぽこ役立たず)
 あと万年毎月多分一生金欠人間(金遣い荒い自分のせい)の為、結局標準金額しか用意出来ませんでしたが、来週にでもカンパ振り込みたいと思います。
 簡潔に述べられず仰仰しい書き方で且つ主観ばかりで失礼致しました。何事も優しさと厳しさは表裏一体、常に気を引き締めて行きたいものです。いつも、そしてこれからも、ありがとうございます。



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余命ブログ、2016年6月4日記事「810 巷間アラカルト87」より抜粋して引用

信濃注:
 大東亜戦争当時、日米は敵国だったが、両国ともに果敢に戦ったのは事実。米国の戦没者の方々にも敬意を払い、哀悼の誠を捧げます。
(以上)



アオイ
オバマ大統領、慰霊関連
1 米国では、5月の最終月曜日が「戦没者記念日」(メモリアル・デー)となっています。例年のこととは思いますが、オバマ大統領は、国民に鎮魂を呼び掛けられたようです。今年は広島慰霊後なので、大統領にとって今年のメモリアル・デーは特別なのではないかと思います。
2 また、わたしたち日本国民としても、今年の米国戦没者記念日(5/30月)は特別であろうかと思います。ので、昨年4月29日(米国東部時間)に、安倍首相が第二次大戦メモリアルを訪れ、日本国と日本国民を代表して米国戦没者の方々に深い一礼を捧げられたように、わたしも米国の方を向いて深い一礼を捧げたいと思います。
星条旗新聞(Stars and Stripes)
Obama marks Memorial Day at Arlington National Cemetery
(アオイ)



アオイ
オバマ大統領、慰霊関連
外務省HP:安倍総理米国議会演説「希望の同盟へ」
(2015/04/29米国東部時間)
(抜粋)
第二次大戦メモリアル
 先刻私は、第二次大戦メモリアルを訪れました。神殿を思わせる、静謐な場所でした。耳朶を打つのは、噴水の、水の砕ける音ばかり。
 一角にフリーダム・ウォールというものがあって、壁面には金色の、4000個を超す星が埋め込まれている。その星一つ、ひとつが、斃れた兵士100人分の命を表すと聞いたとき、私を戦慄が襲いました。
 金色(こんじき)の星は、自由を守った代償として、誇りのシンボルに違いありません。しかしそこには、さもなければ幸福な人生を送っただろうアメリカの若者の、痛み、悲しみが宿っている。家族への愛も。
 真珠湾、バターン・コレヒドール、珊瑚海…、メモリアルに刻まれた戦場の名が心をよぎり、私はアメリカの若者の、失われた夢、未来を思いました。歴史とは実に取り返しのつかない、苛烈なものです。私は深い悔悟を胸に、しばしその場に立って、黙祷を捧げました。
 『親愛なる、友人の皆さん、日本国と、日本国民を代表し、先の戦争に斃れた米国の人々の魂に、深い一礼を捧げます。とこしえの、哀悼を捧げます。』
(以上、抜粋)
※安倍首相、オバマ大統領、ケネディ大使、そしてオバマ大統領による慰霊にご尽力して下さったみなさまに感謝したい気持ちです。
(アオイ)



(中略)

とろりん。
無視して戴いて大丈夫です。
余命様、余命スタッフ様。いつもありがとうございます。
いよいよなんですね。日本を取り戻しましょう。
・・・「七生報國」の意味を読んで、涙がこみ上げました。



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余命ブログ、2016年6月4日記事「808 寄付金メッセージ②」より抜粋して引用

清.....
 793 寄付金メッセージの“和ろうそく”様の投稿文を拝読させて頂き、決意出来ましたので、今は亡き祖父と父の名で寄付をさせて頂きました。
 祖父は、大東亜戦争の折、肺病の為徴兵検査に合格出来ず、出兵出来ませんでした。又、父も特攻隊に志願し、昭和二十年秋に兵学校に入学が決まっておりましたが、終戦となりました。
 父子共に、実際に戦う事は出来ませんでしたが、日本を護りたい思いは、御英霊の方々と同じだったと思います。既に死去しておりますが、存命しておりましたら、必ずや、戦後の日本帝国再興を望み、寄付だけでもしていたと存じます。



T.M
 余命様 スッタフの皆様 いつもありがとうございます。
 先月25日寄付の記載を見て すぐに郵便局で送金をしました。その後皆様のメール等を拝見し主人の名前でも寄付は受けつけて頂けると思い本日送金をしました。パソコンに触らない私にイミョンバクの天皇陛下侮蔑発言を印刷して見せてくれ インターネットで情報を探すきっかけを与えてくれました。そして初代余命様までたどり着き二人で覚醒しました。
 今まで靖国神社の事は考えた事もありませんでしたが国の為に亡くなられた英霊の方々にお礼に行くと言い主人が自分の財布から貯金を始めたのです。その主人も今年の2月に亡くなり3月の終わりに遺骨の一部とともに参拝させていただきました。今回送金した分は主人の残したものです。どうかよろしくお願いします。



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余命ブログ、2016年6月4日記事「807 巷間アラカルト85」より抜粋して引用

ななこ
 かたかごの乙女様、特別攻撃隊の実写映像にコメントくださった皆様、心より深く感謝申し上げます。息をのんで見守る映像のため、言葉足らずの投稿になったことを改めてお詫びいたします。初めて見たときの衝撃は、きっと一生忘れられません。
 日本桜様のコメントを祈るような気持ちで拝読いたしました。最後に引用された西田中尉の言葉は、静謐さと迫力を伴って深く胸に突き刺さります。素晴らしい投稿をどうもありがとうございました。

 これまでに特攻隊関連の書籍をいろいろと読みました。皆様の遺書やいくつかのノンフィクション、変わったものでは関大尉をヴィジョンで見た南アフリカの女性が書いたものもありました。
 その中で、思い出すと繰り返し読んでいるものがあります。坂口安吾の「特攻隊に捧ぐ」です。戦争の時代を生きた同時代人による世間の空気を反映したエッセイですが、そこには人間が変わらず大切にすべき本質が描かれています。
 「愛国殉国の情熱」というものが書かれていて、それは初代かず先生の情熱でもあるのではないかと感じました。もちろん余命プロジェクトチームの皆様も。そして、今この余命ブログに集う方々にも通じる心性ではないかと思い、長くなりますが抜粋の形で投稿いたします。全文は青空文庫で読めます。

坂口安吾 「特攻隊に捧ぐ」 抜粋
 数百万の血をささげたこの戦争に、我々の心を真に高めてくれるような本当の美談が少ないということは、なんとしても切ないことだ。(略)
 けれども敗戦のあげくが、軍の積悪があばかれるのは当然として、戦争にからまる何事をも悪い方へ悪い方へと解釈するのは決して健全なことではない。
 たとえば戦争中は勇躍護国の花と散った特攻隊員が、敗戦後は専ら「死にたくない」特攻隊員で、近頃では殉国の特攻隊員など一向にはやらなくなってしまったが、こう一方的にかたよるのは、いつの世にも排すべきで、自己自らを愚弄することにほかならない。
 もとより死にたくないのは人の本能で、自殺すら多くは生きるためのあがきの変形であり、死にたい兵隊のあろうはずはないけれども、若者の胸に殉国の情熱というものが存在し、死にたくない本能と格闘しつつ、至情に散った尊厳を敬い愛す心を忘れてはならないだろう。
 我々はこの戦争の中から積悪の泥沼をあばき天日にさらし干し乾かして正体を見破り自省とまた明日の建設の足場とすることが必要であるが、同時に、戦争の中から真実の花をさがして、ひそかにわが部屋をかざり、明日の日により美しい花をもとめ花咲かせる努力と希望を失ってはならないだろう。(略)
 私は文学者であり、生れついての懐疑家であり、人間を人性を死に至るまで疑いつづけるものであるが、然し、特攻隊員の心情だけは疑らぬ方がいいと思っている。なぜなら、疑ったところで、タカが知れており、わかりきっているからだ。要するに、死にたくない本能との格闘、それだけのことだ。疑るな。そッとしておけ。そして、卑怯だの女々しいだの、又はあべこべに人間的であったなどと言うなかれ。
 彼らは自ら爆弾となって敵艦にぶつかった。否、その大部分が途中に撃ち落されてしまったであろうけれども、敵艦に突入したその何機かを彼ら全部の栄誉ある姿と見てやりたい。(略)
 けれども彼らは愛国の詩人であった。いのちを人にささげる者を詩人という。唄う必要はないのである。詩人純粋なりといえ、迷わずにいのちをささげ得る筈はない。そんな化物はあり得ない。その迷う姿をあばいて何になるのさ何かの役に立つのかね?
 我々愚かな人間も、時にはかかる至高の姿に達し得るということ、それを必死に愛し、まもろうではないか。軍部の欺瞞とカラクリにあやつられた人形の姿であったとしても、死と必死に戦い、国にいのちをささげた苦悩と完結はなんで人形であるものか。
 私は無償の行為というものを最高の人の姿と見るのであるが、日本流にはまぎれもなく例の滅私奉公で、戦争中は合言葉に至極簡単に言いすてていたが、こんなことが百万人の一人でもできるものではないのである。他のためにいのちをすてる、戦争は凡人を駈って至極簡単に奇蹟を行なわせた。
 私は然しいささか美に惑溺しているのである。そして根柢的な過失を犯している。私はそれに気付いているのだ。戦争が奇蹟を行ったという表現は憎むべき欺瞞の言葉で、奇蹟の正体は、国のためにいのちを捨てることを「強要した」というところにある。(略)
 けれども私は「強要せられた」ことを一応忘れる考え方も必要だと思っている。なぜなら彼らは強要せられた、人間ではなく人形として否応なく強要せられた。だが、その次に始まったのは彼個人の凄絶な死との格闘、人間の苦悩で、強要によって起りはしたが、燃焼はそれ自体であり、強要と切り離して、それ自体としてみることも可能だという考えである。否、私はむしろ切り離して、それ自体として見ることが正当で、格闘のあげくの殉国の情熱を最大の言葉を持って敬愛したいと思うのだ。
 強要せられたる結果とは云え、凡人も亦かかる崇高な偉業を成就しうるということは、大きな希望ではないか。大いなる光ではないか。平和なる時代に於て、かかる人の子の至高の苦悩と情熱が花咲きうるという希望は日本を世界を明るくする。ことさらに無益なケチをつけ、悪い方へと解釈したがることは有害だ。美しいものの真実の発芽は必死にまもり育てねばならぬ。
 私は戦争を最も呪う。だが、特攻隊を永遠に賛美する。その人間の懊悩苦悶とかくて国のため人のためにささげられたいのちに対して。(略)
 私のごとく卑小な大人が蛇足する言葉は不要であろう。私の卑小さにも拘わらず偉大なる魂は実在する。私はそれを信じうるだけで幸せだと思う。
 青年諸君よ、この戦争は馬鹿げた茶番にすぎず、そして戦争は永遠に呪うべきものであるが、かつて諸氏の胸に宿った「愛国殉国の情熱」が決して間違ったものではないことに最大の自信を持って欲しい。
 要求せられた「殉国の情熱」を、自発的な、人間自らの生き方の中に見出すことが不可能であろうか、それを思う私が間違っているのであろうか。

※「ホープ 第二巻第二号」実業之日本社、1947(昭和22年)2月1日発行に掲載予定だったが、GHQの検閲により削除された。テキストは、初出、底本とも「占領軍検閲雑誌」雄松堂(マイクロフィルム)による。



信濃注:
 文中では「強要せられた」とある。そのような方々もいただろう。しかし、自発的に志願した方々もいる。おそらくは多数いるだろう。ご英霊の名誉のために付け加えたい。
(以上)



なべちゃん。
 余命様、こんばんわ。どうも特攻隊の話が随分とありますね。
 私の父親は特攻隊でした。鹿児島鴻池配属にて、長崎の原爆雲を見ております。鹿児島から見えたそうですよ。皆、空を見上げてぼぉーと立って泣いていたと言ってましたよ
 父親は、陸軍と海軍を受験いたしまして人気の海軍を選び特攻隊を志願しております。出撃前に終戦を迎えておりますけどもね。各部隊により、違いがあるのかもしれませんが。父は「じゃん拳ぽん」で決めてたと言ってました。
 皆様は、特攻隊と言うと各自イメージを持っていると思います。テレビや報道にてイメージを持つのではなく、当時の特攻隊員を見つけて下さい。父は、お好み焼き屋にてタルタルソースをてるてる坊主と言う人でしたわ(笑)
 余命様、いつもいつも感謝ばかりでございます。有難う御座います



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余命ブログ、2016年6月3日記事「806 巷間アラカルト84」より抜粋して引用

かたかごの乙女
日本桜 への返信
 ななこ様、日本桜様ありがとうございました。たくさんの私の知らない事を投稿して下さいまして、有難く拝読致しました。
 日本桜様が最後に書かれておられました通り、戦前は軍国主義で暗く日本軍が他国を侵略し、悪い事をした。何が何でも平和憲法を守らなければ…そんな教育や社会の風潮の中で暮し、学んでいた私が左巻きの本を読み漁り、自分自身も左巻きになって行きました。自分の生き方にも、自信を持っていました。なんと愚かだった事かと、知らぬ事は罪だとつくづく身に沁みる今日この頃です。
 テレビや新聞が何かおかしい…と思い始めた頃にネットに出会い、余命様を始め、皆様の投稿のお陰でやっと覚醒出来きました。その日、涙がボロボロ流れ、もうこれ以上、決して日本の国を貶めない、侵食させないと心に誓いました。
 私が日本の国の為に出来る事は、ほんの少しです。余命様を拡散し、その日に備え、何が有ってもオタオタせず邪魔をせず、神仏に祈り、先祖の墓参りのおりに見かけた戦死なさった方の墓碑には、お水あげ、ありがとうございました。これからも、日本の国をお護り下さいと祈ることだけです。
 今も硫黄島に眠っておられるご遺骨を、美しく取り戻された日本にお迎えする為にも、皆様のお力を一つに心を一つに!早く日の丸を Z旗を掲げたいものです。



ぱぴぷぺぽ
 皆さんの特攻隊へのコメントを拝見して私もひとことお伝えしたくなりました。
 特攻隊と聞くとどうしてもこの出来事を思い出し、居たたまれなくなることがあります。
 何年前になるのか、娘が中高一貫のミッションスクールに通っていた時、夏休みの宿題で靖国神社へ行きました。その時の学年主任で社会科の教師であった担任が『特攻隊員の手紙や遺書は全て検閲が入ったので、本当の事は書けなかった。みんな心にもない嘘や建前を書いている。どこの世界に国のために自ら死にたいと思う人間がいるというのか。ましてや犬死にとわかっているのに。』というようなことを言いました。私もハッキリ覚えているのですから、保護者会などでも話していたのでしょう。
 とても教育熱心で尊敬されている年配(考えてみたら団塊ど真中)の女性教師なので無知な我々(親子)はそのまま信じ、特攻隊員の方々が遺された書物を見て『こんな嘘を書かされるなんて酷い話だ』と『戦争反対!9条守れ!』みたいに誘導されてしまいました。多分そう思わせるのが教師の狙いだったのでしょう。
 4年弱前に一人覚醒した私が間違いに気付き、真実を話しても『そんなの信じない!日本は最低な国!日本人は悪いことを沢山したんだから!』と食って掛かられました。この教師…なんのお咎めも無しで良いのでしょうか?もう退職してしまいましたが…。
 多感な少女時代に何という学校へ通わせてしまったのだ…と後悔してもしきれませんが、この母を持ったのが救い(?)となり、今ハンドブックを読んでいます。やっとここまできました。
 こんな教育(洗脳)が日本中で行われているのですね。許せません。英霊の方々に本当に申し訳なく思います。怒りと涙がごちゃ混ぜになる私の情けない体験談です。



NAGA2010
日本桜 への返信
 特攻機の突入シーンは何度見ても魂が震える。
 神風攻撃は大した損害を与えなかったという意見とアメリカ側の精神疾患を受けた兵士が続出したという資料とどちらが本当なのかいつも疑問に思っていた。戦争に関わった世代がこの世を去り今まで隠されていた資料が出て来ているようで、実際には多大な損害を与えたことが明らかになった。
 よくよく考えてみればそうでなければアメリカが日本を世界で一番恐れている理由が説明できませんね。



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余命ブログ、2016年6月2日記事「797 巷間アラカルト797」より抜粋して引用

夕立の庭の雨蛙
余命様、スタッフの皆様、志を同じくする皆様へ
 いつも有益な情報や解説、新しい知識を授けてくださりありがとうございます。
 GATEからBABYMETAL、椎名林檎と歌の話題へ繋がっておりますので私からも1情報を、と思いコメントいたしました。

歌の題名は「白い空」(ラストアルバム「Terminus」 の4曲目に収録)
 2013年に残念ながら解散したGARNET CROW(がーねっとくろうと読みます)というグループの楽曲です。GARNET CROWの曲は、小学生探偵が黒の組織と対峙する推理アニメのオープニングやエンディングで耳にされた方もいらっしゃるかと思います。
 「白い空」という歌は作詞者(AZUKI 七 あずきななと読みます)曰く、靖国神社で逢おうと別れた先人 を想って書かれたそうです。歌詞中の 「空」、「乗り込んだ(ダブルミーニング)」から特攻隊員を、「会いに行くと交わした約束」が=靖国で会おうであること、曲の転調とともに、題名の「白い空」に「赤く燃ゆる」ような「太陽」が日の丸を、そしてなにより、日本の未来や生まれ来る子供たちが「永久にあれ…」と強く願う気持ちが描かれていると(私は)解釈しております。
 他の歌でもそうなのですが七さんの詞は、聞き手に多種多様な解釈ができるような言葉遣いをされています。歌詞を見て私と違った印象を受けられた方がいらっしゃれば、歌詞中の他の文はどういう意味だろうか?何を表しているのだろうか?等々考えるのも楽しい時間になるかと思います。
 「白い空 GARNET CROW」で検索すれば歌詞、曲(ニコニコ動画)ともにヒットしますので、是非一度聞いてみてください。

 余命本1は、手書きの解説メモ(HB発売前でしたので)を山のように貼って「大切な本だから」と両親に読んでもらいました。
 以前父から、「かの国の人々は自分の子供への暴力が日本人のレベルとはまったく違っていた」と幼少期の話を聞いていたこと、両親が不法占拠や駅前のパチンコ店を実際に目にしていたこと、ニュースを見るときに、「実はね~こういうことなんだよ~」とチクチク解説(1年半位)していたこと、等の下地があったのでスッと理解できたようです。
 先立っては両親とともに靖国神社へ参拝、境内を案内することができました。ひとえに代々の余命様がいらっしゃったお陰だと、心から感謝しております。
(夕立の庭の雨蛙)



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改訂履歴
※2016.6.22、記事追加
※2016.6.13、記事追加
※2016.6.7、新規作成

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